2002年9月 30日月曜日
am 5:37
本日、この「湯河原こんにゃく芸者・お色気開脚前転」が最終回を向かえることになりました。
思い返せば1ヶ月前、その当時、日本は空前のねずみっこくらぶのブームの中、そのねずみっこくらぶの1メンバーであった私が、「打倒北朝鮮」、「反共」、「反ブルジョワジー闘争」を掲げ、金権政治を打破せんとして、この「湯河原こんにゃく芸者・お色気開脚前転」を始めたわけですが、今日、このような最終回を向かえるということは、全く遺憾なことであり、私の不徳の致すところであります。
よって、はらぁかっさばいて、わびぃ入れようかと思ったんですが、よく考えると、そのようなスローガンを掲げていなかったことに思いあたり、踏みとどまり、同時に、来月からの新コラム「長州ばち当り娘・電動しびれふぐ」を新たに書いて行こうと決意したのであります。
いつものパターンであります。
そんで、ふと思い出したのだが、「ねずみっこくらぶ」ってあったねえ。
今頃大きくなって、野郎のポコチンをチューチュー吸っているのであろう。
感概深い。
そんで、ロックの話である。
ロックは、現在、あまりラジオでかからない。
かかるのは、邦楽の歌謡ロックだけである。
だもんで、beast Machine Experimentsも似たようなものとして扱われるわけだが、うちは歌謡曲ではない。
なんでそういう勘違いが発生するのかというと、マスメディア的な都合に合わせてインネンつけてくる輩がいることに原因がある。
つんくであるとか、ミスチルであるとか。
宇多田も最初は洋楽のふりしていたが、結局、邦楽、いや、歌謡曲であるわけだ。
(しかし、ぶさいくだねえ)
うむ。
まあ、どうでもいいのである。
そんで、まあ、もちろん、売れるわけがないので、どうでもよいのである。
なんせ、ロックはロックでも、難解なプログレッシブ・ロックであるからだ。
だから、そもそも、金儲けであるとか、チャートを賑わせるとかということには意識がない。
うむ。
そんで、ドイツのプログレッシブ・ロック・バンド、Can(「カン」と読む)のように、インディーズで限定500枚でレコード出したら、あれよあれよとプレミアがついて、現在では1枚30万円で取り引きされる… というような展開を望むわけである。
で、そのうち、「相対性理論の否定」と、解説と、ネタを合わせた本を自費出版で作成して、ひそかに販売しよかと考えている。
もちろん、そんなに売れないだろうし、もうけにはならないわけだが、気紛れにもそれを手にした人にとって、まあ、なんらかの悦びにでもなればいいかな… と、思うわけである。
もちろん、その時期に本を販売したという、歴史的な記録も残るわけである。
うむ。
で、問題は、自費出版には、一体いくらかかるのかである。
金ないし、そんなに売れないだろうから、ごく少数しか作らないつもりだが。
そんで、とりあえず、自費で出版してから、大手の出版社に打診してみようかと思うのだ。
なんせ、初版本はプレミアが付くものだからだ。
うむ。
もちろん、私がノーベル賞をとらないと、そんなものは単なるゴミにしかならないわけだが、他の者が受賞するわけがないし、御存じのように、非A金星人がうーんと念じてもワープはできないわけで、まあ、何年経つかわからないが、ノーベル賞は受賞するだろう。
うむ。
ロックの話というより、うちの宣伝になってしまった…
なし
なし
そんで、お気付きの通り、西友を救出したようである。
賄賂はこちら。
(うそ)
なんか、笑っちゃうくらい、立消えになってない?
つまり、そういうこと。