2002年6月 15日土曜日

am 19:14

そんで、なにやらワールドカップの日本チームが決勝トーナメントに進出したそうだ。
どうでもいいんだけど。
で、この間に、さりげなく小泉が方向転換していたことに気が付いている者は少ないだろう。
道路行政について、改革とか言っていたのに、だ。「抵抗勢力」とか。
それが、気が付くと、なにやら言っていたことと違うことをやっている。

そんで、現に、景気は尚更悪化していっているところだったりする・・・

マスコミはワールドカップで大騒ぎすることで、その話題を遠ざけようとしているようだが。
で、実際のところ、ワールドカップで景気はそんなによくなってはいないようである。
NHK AM のニュースを聞いていると、そう感じる。
百貨店での売り上げもよくないらしい。
まあ、「百貨店」といっても、かならずしも「デパート」のことを指してはいないのだし、それに、ディスカウント・ストアの売り上げもあるわけだが・・・
やはり、三波春男亡き後では、「ワールドカップ音頭」もないわけで、それが影響している・・・ わけがない。

CM



Web Name 「なし」
「あれ? 今日ののワールドカップにはなんにもしてないの?」

昨日の試合のことのようである。
やってない。

でも、明日の午前中は、久しぶりに「日曜ライブ」でもしようかな・・・

Web Name「なし」
あのね、君んちのサイトをつついて遊んでるのは、イ
ンターネット内に無数に存在するBBSの中 の、とある
某掲示板に住み着いてるイタズラ小僧の集団だよ。
FreeBSDユーザもいるかもしれないけど、そうでないや
つも大勢いるはず。
そこでは君は人気者なのさ。

そう? これはご親切に。
で、まあ、大体似たり寄ったりのパターンが展開されているか、されるだろうが、resultがしっかり出るので、まあ、気にもとめちゃいない。
(6月9日のサッカー中継、ジョン・カビラ「証人ですよ!」発言など参照のこと)
まあ、パターンでね。
実に。
「キチガイ」とかってんだろうけども。
まあ、そうではないことの結果はしっかり出ているので気にも留めちゃいない。
実のところ、私も「悪ノリ」して、自分で自分の悪口を書いてみたことがあるのだ。
(なんちゅう人間性だ)
いや・・・ その方が、自衛隊で根性たたき直されることになるだろうから、面白そうかな・・・ と思ってね。
・・・ は、いいとして、自分でドメイン取って、サーバーを動かすコースはやめた方がいいかもしれないな・・・ この感じだと。

そういや、村上龍のアホな小説ってのもあったっけ。

そう、連中は、俺に対して、年中業務妨害を行っているわけだ。
だもんで、証拠と証人集めをしているところなわけだ。

なんせ、俺は障碍者でね。
そんで、この極めて稀なる身体的障害を解明する必要があるのだ。
そのことで、目の見えない人に目が見えるようにする、ブルートゥース状態のトランスミッターつきカメラなんかができるかもしれない。
で、うやむやにしておくと、Brain Policeなんかが出現するかもしれない。


そんで、それはいいとして・・・
いくつかやらなくてはならないことがあるのだ・・・
まずは、掃除。

それから・・・
サーバーを組む予定でいたのだが、それを変更する必要が発生したってこと。
だから、DTMセットを買おうかな。それから、ギターと、エフェクタ関係か。
そんで、一番の問題は、今年のLive!だ。
これまで通りの手動で行うってことになりそうだ。
自分のところでWebサーバー動かして、アップロードしないで、じかにemacsで書いていこうと思っていたのだが。
もちろん、スクリプトを書いて、だ。
その辺の動作は確認してないのだが、一応、Kill -HUPとか入れる必要があるかもしれないでしょ?
じかに書くだけでも大丈夫かもしれないが。

そんで、ダイアルアップルータの関係で、途中で勝手に切断される可能性があるのだ。
だから、どのみち、自分のところでWeb サーバーってのは、やめた方がいいかもしれない。
それから・・・ 「真の継承者は誰か?」ってことで、やはり、「2ちゃんねる」と死闘を演じなくてはならないのかもしれない。
「祭り」のロジックと、その定義についても、あまり気に入っていない。
それはその・・・ 主観なのか、客観なのかってことを考えると、どうもエゴイズム的なものを感じるのだ。
それから、社会および、小集団を群関数として解釈しているのかどうかって点についても。
それから、この現代においては、自らの意見はマジョリティーを代弁するものという前提に立つのはセオリーであるわけだが、いつのまにかそれを信じきってしまうというパターンがよくある。
これが「ムキになる」のパターンの一つだ。
これに拍車がかかるのが、小集団を形成したときなのだ。
テーゼ、アンチテーゼ、それがぶつかり合い、昇華して「ジンテーゼ」となるわけだ。(へーゲル知ってる?)
だが、弁証法は誘導を行いやすいロジックでもあるのだが。
それは事象の分解を行ってみるとわかりやすい。
「本人はその事象をどう定義しているのか? その位置関係と、使い方」など。
そうすると、条件分岐節において、いかなる意思によって、それを選択したのかがわかるだろう。
そうすると、「目的」も同時に見えてくる。
そのように考えていくと、「言い訳」なのか、普遍的な客観的な事実を元にした「規則性」および、「道理」なのかの判断はつくだろう。
そんで、「願望」などについても見えてくるのだ。

最初はおぼろげなイメージであるであろう「それ」は。
事象を観察し、分析し、「仮説」を立て、推論を立て、確認をする。
パターンだ。

なんの話なんだか・・・

そんで、nxtだっけ・・・
まだだ。

そんなところである。