2002年2月16日 土曜日

 午後 20:20


 そんで、若干ながら、「直接民主政党研究会」iddp@freeml.comに参加する人が出てきていて、うれしい話である。
 だもんで、政治家が不要になる日も近いだろう。
 できることならば、弁護士や、法律関係者、あるいは法学部に通う学生、政治学科でもいいし、あるいは経済学に通う学生、それは「元」学生でもいいわけだが、そういう人々にも参加して欲しいものである。
 なんせ、この試みは社会科学、人文科学の実践を意味しているからだ。
 そんで、現在のところ、その実験室でもあり、実にいい研究対象だと思うのだ。

 知っての通り、人類初めての民主議会は、それは記録に残っているものということだが、ギリシャのポリス政治における直接民主だった。
 原始的な村社会における会議においても、やはり、最初は直接民主だっただろう。
 それから、権力の発生、財産等の蓄積により、力関係が変化して、首長を中心とする社会が作られていくことになったように推測される。
 それらの社会構造の大きな変化は、やはり、フランス革命の辺り、あるいは、「啓蒙思想」の時代であろうか?
 その辺りで、「権利」、それは「基本的人権」も含む、それから、「自由」、それから、「平等」という意識が形成され、認識され、定義された辺りが始まりであろう。

 そうして、今日ある現代社会が作られたわけである。

 それはいいとして、ついついこのことを忘れるのだが、「政府」の所有権はどこにあるのか? というと、それは、内閣総理大臣ではなく、国の主権者である国民にあるのだ。
 少なくとも、日本は総理大臣を中心とする立憲君主制ではないからだ。
 その辺を勘違いする者がいまだにいる。

 総理大臣というのは、あくまでも代理人でしかない。
(この辺に、「社会契約説」が絡んできているのだ)

 だから、「機密」というものは、そもそも、憲法に反するのだ。

 それはいいとして・・・

 いくつもの、歴史的な人文科学、社会科学の論文が残りそうな予感がするのである。

 そういう学術的に重要かつ、重大な試みになっていってもらいたいと強く願う次第である。